多くの子どもたちが憧れるパイロット。前編・後編に分けてパイロットについてご紹介します。
「自分が憧れたように、子どもたちに夢を与える存在に」
菅原さんがパイロットになろうと思ったきっかけは何ですか?
菅原 私の父が空港の管制官を務めていて、幼い頃からよく空港に行っていました。この頃はまだ空港や飛行機に興味があるくらいでしたが、中学3年生の時に父が沖縄に単身赴任をしまして、そのとき父に会いに初めて飛行機に乗ったことが大きなきっかけとなりました。当時はコクピットを特別に見せてもらうこともでき、複雑な計器を見ながら仕事をするパイロットの姿を見て、自分も将来はこんなかっこいい職業になりたいとすごく憧れました。(※今はコクピット内に入ることはできません。)
パイロットになるための勉強もがんばったのでは?
菅原 その時はまだ中学生だったので、将来なんてまだまだ遠い存在でした。なりたいと思っても、どうしたらなれるかなんて考えもしなかったんです。高校生になってもそれは変わらずで、しかも私はクラスで43人中43位というとんでもない成績の持ち主でした。そんな自分がパイロットになりたいと言っていたのだから、親に相当恥ずかしい思いをさせていましたね。それじゃいけない、親孝行しなきゃと思い、徐々に遅れを取り戻して、大学へ進学することができました。
勉強が苦手だったなんて意外ですね。パイロットはどうすればなれるのでしょうか?
菅原 航空会社のパイロットになるには、航空会社に入って会社がパイロットを養成するために行う訓練を受けるか、一部の大学にあるプロパイロット養成コースに入る、または個人で各種資格を取得して航空会社の入社試験を受けるといった方法があります。私は航空大学校を目指したのですが、その受験対策はすごく大変でした。大学3年の冬から入学試験対策と同時に就職活動も行っていたので、昼は会社説明会や面接、夜は受験勉強と昼夜みっちりのスケジュールを毎日送っていました。スタートダッシュが遅かったぶん、両方を詰め込みすぎて周りの友人からは常に顔色が悪いと心配されるほどでした。
航空大学校に入学するのはやはり難しいのですか?
菅原 航空大学校は日本で唯一のパイロット養成学校で、私が受験した頃は学力試験、身体検査、面接とシミュレーターの3次試験まであったのですが、勉強が出来ても身体検査で不合格になることもある。非常に狭き門だと思います。学力試験はあらゆる教科から出題されますので、科目に得意不得意があってもとにかく頑張るしかなかった。そして一次試験を無事に通過し、身体検査も合格し、最終試験に挑み・・・。そしていよいよ発表の日、結果通知が届くのを待てず、霞が関の国土交通省までわざわざ合格発表を見に行きました。そして掲示板に自分の名前を見つけたときは、もう飛び上がるほど嬉しくて、夢はあきらめなければ本当に叶うんだなと実感しましたね。
パイロットになる大きな1歩を踏み出したんですね。航空大学校ではどんなことを学んだのですか?
菅原 大学校に入ってからは2年間、勉強と訓練の日々が続きました。旅客機のパイロットになるためには、卒業まで3つの資格を取らなくてはなりません。自家用操縦士、次に事業用操縦士、そして人を乗せて操縦するための定期運送用操縦士(飛行機)の資格を取ることが必要になります。カリキュラムごとに宮崎、帯広、仙台のキャンパスに移りながら勉強と訓練を行いました。飛行機もまずはエンジンがひとつのセスナ機(単発機)、次にエンジンが2つの双発機に段階が上がり、操縦訓練も目視をしながらのフライトから、視界がきかない雲の中でフライトする計器飛行へと難易度も上がってきます。厳しい教官に何度も怒られながら、技術を身につけていきました。
訓練ばかりで大変そうですが、どんなことが励みになっていたのですか?
菅原 ソロフライトの訓練のとき、管制官から入るナビゲーションだけで九州各地の空港を一人で巡回したときは、自分で飛行機を操縦できることがすごく楽しかったのを覚えています。その時自信も付いたと思いますね。それから、2年間を一緒に過ごした同期の仲間の存在も大きかったです。今でも連絡を取り合うほど、仲の良い友人に恵まれました。私は卒業後ANA(全日本空輸)に入社しましたが、一緒に卒業した友人たちも同じANAや他の航空会社のパイロットとなって今も活躍しています。
いよいよ、ANAのパイロットとしてのお仕事が始まるのですね。次回後編では、菅原さんがANAに入社してからの日々、そして現在のお仕事ぶりなどをお伺いしたいと思います。
- ANAフライトオペレーションセンター エアバス部副操縦士 菅原 聡(すがわら さとし)さん
- 出身地
- 東京都東久留米市(福島県郡山市生まれ)
- 出身校
- 獨協大学法学部・航空大学校
- 休みの日の過ごし方
- 休日は身体を休めるために必要な時間。趣味である車のパーツを集めたり装着することが好きなのだそう。
※この記事はaruku2013年11月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。