夢名鑑100回目を記念し、芥川賞受賞作家 玄侑宗久さんに作家について伺いました。後編は芥川賞受賞までの歩みと、普段のお仕事ぶりを紹介します。
物語に溶け込む瞬間が、一番楽しい
20代で一度作家への執着を離れ、僧侶として修行を積んだ玄侑宗久さん。住職と並行して執筆活動をしているため、パソコンの前で寝てしまうことも多いのだとか。
作家活動を再開してからのことを教えてください。
玄侑 僧職の傍ら、執筆を再開して暫く経った頃、人生を変える大きな転機が訪れました。デビュー作『水の舳先』が、芥川賞候補作に選ばれたのです。賞を狙ったわけでもなかったので、本当に衝撃を受けました。結果は最終選考での落選でしたが、悔しさ以上に大きな自信に繋がりましたね。そして半年後、『水の舳先』の直後に執筆した『中陰の花』が、芥川賞に選ばれました。この作品のテーマを大きく言えば “生と死”。中学の頃の死に直面した経験、そして一度作家への道を離れ、僧侶として生きたからこそ生まれた作品です。受賞の知らせを聞いたときは、今までの生き方が報われたような気がして本当に嬉しかったです。
『中陰の花』はどのようにして生まれたのですか?
玄侑 着想を得たのは幼少の頃に近くに住んでいた、あるお婆さんからでしょうか。当時、地元では有名で、“どんなことも言い当ててしまう”不思議な力を持つ方だったのです。財布がないと相談があれば、引き出しの何番目まで正確に当ててしまうんですよ。私もその様子を見ていたのですが、本当に不思議でした。作品名の「中陰」とは、仏教用語で陽(目に見える世界)と陰(目に見えない世界)の中間の世界のことを指します。お婆さんには我々に見えないものが見えて、聞こえないものが聞こえていた。それこそ中陰と何か関係あるのではないかと感じて、構想を思いつきました。
幼少の頃の記憶から誕生した作品だったのですね。
玄侑 印象深いエピソードを作ることはありますが、小説作りに必要なパーツは普段の生活から得ることの方が多いです。新作を書き下ろす際、新しいノートに色々書き込んでいくのですが、そうすると全ての事柄が作品と関係しているように見えてきて不思議です。葉っぱが落ちる様子や人の歩く仕草など、普段素通りしていることがアイディアに生まれ変るのです。むしろ小説を書くために、この現象が起きているんじゃないかと錯覚することもあります。素材を集める期間は、毎回執筆の2倍くらいかけていますね。
なぜ、普段の生活からアイディアを出す期間が重要なのですか?
玄侑 小説を書くうえで、理論は勿論必要不可欠ですが、それだけでは人を感動させることは出来ません。理論を表に出さず、どう表現するかが作家の難しさでもあり、醍醐味でもあると思うんです。そこで私が意識するのが、“共感”してもらうための場面を作ることです。読み手が想像しやすい具体的な場所や時間を作り、登場人物にメッセージを代弁してもらう。そうすることで、自然と読者の心に残る作品になるのです。共感を得るための要素は、普段の生活にこそあるもの。何気ないことに目を向けることが大切です。
そのようなことを意識しながら作品を作り続けているのですね。
玄侑 技術面の他に「楽しんで書いているか」が顕著に表れるのも、この仕事の面白いところです。私の場合、物語の3/4位までの構想は練りますが、結末はあえて考えないようにしています。結末を知らずに書いた方が、読者はもちろん、私自身が読んでも楽しい作品になりますからね。それに作品がある程度のボリュームでも、初めのうちは毎回最初から読み直して書き継ぐようにしています。何度も読み直すことで、その作品の中で生きているかのように思えてくるからです。物語に住みつき、“書く”というよりも頭の中の光景を“写し取る”ようになる瞬間は、まさに恍惚の一言。これが楽しくて、また新作を書いてしまうんですよね。
最後に子どもたちにメッセージをお願いします。
玄侑 叶えたい夢があれば、これだったら負けないと思うことを2つ作ってください。1つでも素晴らしいですが、2つあることで様々な角度で物事が見えるようになります。また、よく食べ、運動して丈夫な体を作ってください。作家もそうですが、職業によっては体を動かさなくなるので、今のうちから丈夫な体作りをした方がいいです。最後に色々な学問を学んでください。身に付けた知識は、きっと皆さんの力になります。世の中で起きていることに目を向け、自分の意思を貫いて頑張って欲しいです。
Q&A
Q.なるためにはどうすればいいの?
A.デビューするにあたっては、各文芸雑誌の新人賞を受賞することが一番の近道とされています。しかし、受賞者は極僅か。厳しい道のりとなるでしょう。自費出版やインターネットで作品を公開するなど、デビュー方法はいくつかあるので、チェックしておきましょう。
Q.どんな能力が求められるの?
A.作家として成功するには、「語彙力(どれだけ言葉を知っているか)」の他に、物語の骨組みを作る「構成力」、作品の良し悪しを左右する「表現力」などが必要です。必ずではありませんが、文学系の大学や専門学校に進み、文章の基礎を学ぶのも手です。
Q.学生のうちからやるべきことは?
A.文章力を培うため、沢山の本を読みましょう。言葉の言い回しや比喩表現など、様々なスキルを学ぶことが出来ます。また、実際に書いてみることも大切です。最後まで書き上げることを意識し、まずは自分だけの作品を作りましょう。
- 臨済宗 福聚寺住職 玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)さん
- 出身地
- 福島県三春町
- 最終学歴
- 慶応義塾大学文学部中国文学科
- 座右の銘
- 故に始まり、性に長じ、命に成る
意味:生まれた環境を無視せずに「もちまえ」を伸ばせば、やがて天命だったと思えるような仕事ができる
※この記事はaruku2018年3月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。