震災を経験し、改めて日本の農業の素晴らしさを実感しました
鈴木さんはどうして農家を目指そうと思ったのですか?
鈴木 実家がもともと農家だったので、小さい頃から職業の選択肢として常にありましたね。だから、やるやらないは別にして勉強だけはしておこうと思って農業高校に進んだのですが、そこで1年間、オーストラリアに留学する機会を頂いたんです。もともと語学留学との名目でしたが、向こうの農場や牧場が見たくて、ことあるごとにホームステイ先の方に頼んで連れていってもらいました。そんな生活の中で、オーストラリアの農家は弁護士や医者と並ぶ程、非常にステータスの高い職業であることを知ったのです。農業はあまり光が当たらない産業だと留学前までは思っていたので、その国柄がとても素敵に感じました。日本でも食糧を大切にしながら、皆が憧れる存在にしたい、そう思って農家を真剣に志しました。
鈴木さんは郡山ブランド野菜の発案者として有名ですが、そのキッカケを教えて下さい。
鈴木 農業を始めて十数年経ってから、祖母の実家が営んでいた種苗店を、後継者がいないとのことで私が継承することになりました。種屋って面白くて、種を販売するメーカーは日本国内で50くらいあるのですが、取引していくうちに、今どんな野菜が人気なのか、どんな品種が美味しいのだとか、そのような情報が全部入ってくるんですね。そこで美味しくて栄養価も高いのに、保存性や流通の問題で、世に出回らない野菜の存在を知りました。私の店は直売なので日持ちなどを意識しなくて良かったこともあり、そういった野菜に魅力を感じました。そこでメーカーさんに相談して流通していない種などを頂き、試験的に作ってみたらそれが本当に美味しくて。郡山の農家の方皆がこんな野菜を作れたら、一つの特産品になるんじゃないか、そんな発想で周りの農家さんに種を配り始めたことがスタートですね。
郡山ブランド野菜を作り始めた当初はいかがでしたか?
鈴木 最初は失敗の連続でした。種蒔きの時期を間違えて失敗したり、畑の状態がその作物に合っていなかったり…。とにかく肥料を変えるなどの試行錯誤を積み重ねました。その甲斐あって、今では見ただけでなぜ育たなかったのかが分かるようになりましたね。虫なのか病気なのかはもちろん、畑の物理性から生物性、化学性のどれが悪いかも大体分かります。時々、お客さんから「鈴木さんのところで買った苗が育たない」との相談を受けるのですが、その際は畑に行き、直接原因を調べるようにしています。お医者さんと一緒で、原因を見てどのように対処すればいいのかをこれからも伝えていければと思っています。
丹精こめて郡山ブランド野菜は作られていたのですね。
鈴木 だけど震災当時、畑の土にセシウムが降っているとの話を聞いたときは、もうダメかと思いました。表土を3~5cm剥ぐにしても新しく土を作るのに30年も40年もかかるものですから。だけど今でもこうして農業が出来るのは、実はこの“土”のおかげなんです。植物がセシウムを吸収してしまうのは、成長に必要な成分とセシウムの構造式が似ているから。土にその成分がしっかり含まれていれば、セシウムを吸わず、栄養だけを吸収してくれるのです。日本は代々「土を作る農業」を大切にしてきたので、土が凄く肥えているんです。もちろん、深部にある土と混ぜてセシウムの濃度を低めるなどの努力もしましたが、それ以前に、私一代だけではなく、親の代、祖父の代、それ以前の代の方々が大切に土を作ってくれたおかげで今も農業を続けられていることに、感謝の言葉しかありません。
Q&A
Q.何を勉強すればいいの?
A.農家になるために特別な資格は必要ありません。しかし、土や肥料を始めとする農作物に対する知識はもちろん、「どうすれば野菜が売れるのか」といった、経営者としての視点も必要となるので、農業に対する知識や経験を深めると同時に、経営学や流通学なども身につけておきましょう。
Q.なるためのプロセスは?
A.農家を目指す方の多くは、まず始めに現役の農家さんの下で研修を受けたり、農業法人に就職するなど、実際の現場で働き、技術や経営のノウハウを学ぶ方が多いそうです。その際に、農業関連の高校や大学を出ていれば、よりスムーズに知識を深めることができるでしょう。独立して新規に農業を始める場合には、農地の確保や必要機材を揃えるなどの費用がかかるため、国の就労制度などをチェックしておきましょう。
- 鈴木農場・伊東種苗店 代表 鈴木 光一さん(すずき こういち)さん
- 出身地
- 福島県郡山市
- 出身校
- 東京農業大学 農学部
- 休日の過ごし方
- 友人や家族とお酒を飲みながら野菜の話をすること
※この記事はaruku2017年4月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。